もう日が暮れたよ山頭館

気が付けば色々なものを作り自分で適当に満足してきた。これからも隙をみてはモノを作る。これはモノ好きの記録なのだ。

人間だもの

藁苞納豆

モノづくりに励む友達のN氏より最新作の電動台車の写真が送られてきた。

f:id:santoukan8:20211212201417j:plain

何でも、溶接用の発電機を載せてその電気を使って走るよう作っているとの事だ。移動する距離はせいぜい10m位と思うので、押した方が早いと思うのだが、木を削ってプーリーを作り衰えた頭をフル回転して作成したようだ。

毎年彼は藁で編んだ苞に大豆を仕込んで納豆を作っている。今年も作ったと言って我が家に持ってきた。

f:id:santoukan8:20211212202646j:plain

五右衛門が入りそうな大きな鍋に、自家製大豆を煮込んでこれまた田んぼの稲わらで苞を編む。昔わらじでも作っていたかのようによくできている。腕が上がったようだ。

f:id:santoukan8:20211212212233j:plain

手作り納豆は店で売ってある納豆に比べ匂いが強い。今の若い人には好き嫌いがあるかもしれないが、自分はこちらの方が好きだ。子供のころは、婆さんがこの納豆に塩を多めにまぶし、天日干しして小麦粉で包んで「こるまめ」を作っていた。少々ハエも手伝っていたように思うが、今ビールのつまみにすれば最高だろう。

体の中で内戦勃発

9月から月に2~3回通っている歯の治療もやっと終わりを迎え、後は虫歯予備軍の親知らずを1本抜くだけになった。ところが前日になり、のどの痛みと咳が襲ってきて気分もすごく悪い。翌日熱が38,5度に上がったため、このまま歯を抜いて、魂までついでに抜かれたら大変なので、歯医者はキャンセルし、主治医のもとに駆け込んだ。

さすがにコロナの感染が収まってるとは言え、速攻一番奥の部屋へ隔離された。鼻の中に綿棒を差し込まれ「うがっ」と言う間にもう片方にも綿棒が入った。もう一度「うがっ」と言い「何ですか?」と聞くとPCRとインフルの検査だと言う。コロナだけは用心はしていたものの「ビンゴ」と言われたらどうしようと思いながら待つ事15分。先生から「セーフ」と言われた。

f:id:santoukan8:20211215233157j:plain

それはケッコウな事だが「この体なるべく早いうちに元通りにしてハイヨ」とお願いすると、抗生剤をはじめ何種類かの薬を頂いた。風邪であれば、若いときは3日もあればそこそこ良くなっていたが、今回は3日目に体の中のヘルペスが反乱を起こし、口の周りはタピオカ祭りみたいに水ぶくれができて、マスクが無ければとても人前には出せない顔となった。またまた病院に駆け込み今度は抗ウイルス剤の薬をもらった。その後ほぼ1週間コタツに潜りおとなしくしていた。これがケガであれば気分は普通なので、これ位で済んでよかったと考えるのだが、病気になると、気が弱くなり、何かしらいろいろと悪いほうに考えてしまう。結局ほぼ完治したのだが、健康のありがたみを再認識した。足るを知らなければならない。

猫だもの

自分に比べ猫の弥太郎はクリスマスを控え絶好調である。

f:id:santoukan8:20211215235546j:plain

虫歯が痛いはずなのだが、まるで冬眠するかの如くキャットフードを食べまくり、ネズミを枕元に置き南極のアザラシみたいな体になっている。動物はエライ、医者に頼らず自分でどうにかするのだ。

人間だもの

休んでる間にとりだめたテレビ番組をなるべく早見し、HDDの中を減らすことにした。前に録画した「激レアさんを連れてきた」を見ていたら、書道家の相田みつお氏の息子さんが出ていた。東京丸の内に「相田みつお美術館」がある。20年ほど前に行った事があるが、その頃はすでに「相田みつお」も有名になっていたが、極貧時代の話があまりにも面白かった。

書道でしか飯を食わぬと言ってほぼ稼ぎが無く息子さんが生まれたとき生活がどん底だったので「どん底」と名前を付けられそうになったそうだ。祖母が泣いて反対し、なんとかのがれたそうだが、部屋には、あの誰でもかけそうな字で失敗作の作品が山積みされていた。美術館には普通の楷書で書かれた素晴らしい作品も展示してあるが、あの「ツノマガリ」のような字はまねができない。結局、日の目を見ずに相田みつおは亡くなり、息子さんが作品を世に出し有名になった。あの山積みの作品は、トイレットペーパーで再利用していたとか。なんとモッタイナイ話だ。