もう日が暮れたよ山頭館

気が付けば色々なものを作り自分で適当に満足してきた。これからも隙をみてはモノを作る。これはモノ好きの記録なのだ。

「風に吹かれて」出来たぞー

からいもの収穫

遅ればせながら我が家でも甘藷の収穫をした。最近では「甘藷の基腐病」が流行し、鹿児島や宮崎でも収量が減っているとの事だ。我が家は無農薬栽培なのでこのような病気にかかったら両手を上げるしか無い。それに加え山に住むイノシシ軍団も各地で出没している。今年は害獣予防システムのトラの置物「ハリマ王」も出勤しなかったので、イノシシの被害も心配したが、小動物が少しかじった程度で無事収穫に至った。

今年もほくほくの「高系14号」とねっとり甘い「紅はるか」を半分ずつ植えたのだが、毎年お約束のようにどっちがどっちか分らなくなってしまう。食べてからのお楽しみだ。

我が家ではプロの農家さんみたいに「掘り取り機」を持ってないから、ほとんどハンドメイドの手作業になる。

予想以上に根が多く、型が大きい。Lが多くて2Ⅼ、3Ⅼまである。嫁に尻を叩かれ夏と秋の暑い日に草取りしたのが功を奏したと思われる。

様々な形のイモがあるので、絵心のある僕はアート作品がすぐに出来上がった。

2日がかりで収穫を終え、自宅裏の貯蔵庫へ搬入した。貯蔵庫はコンクリートでできており、一年中18度位の室温をキープできる。2か月程すれば甘さが増して美味しくなる。

野菜保管庫を作る

夏場の野菜は冷蔵庫でなければ痛んでしまうが、冬場になればそこそこ常温で保管しても鮮度は落ちない。そんなわけで、今から使える野菜達の保管庫を作る事にした。

ロシアの戦争を機に様々な物が値上がりしているが、木材も以前と比べ、2倍近く上がっている。木材のストックはそこそこあるので、この程度の造作物は何とか手持ちで行けそうと部材を物色していたら、以前作ったゴミ箱置き兼レンジ台が埃をかぶって倉庫にあった。

サイズも丁度よく設計図を書くほども無いので、ダウンサイジングでアレンジすればすぐに出来そうだ。

棚の構造を4段とし、下に重さのあるジュース類の飲み物を置き、2段、3段目を4つの籠で仕切り、野菜やミカン類を置き、上段のペントハウスをネギ、ゴボウなどの長物を置くようにする。前の形を少し残して結局は分解してしまった。

板の厚みがあるので、補強もそんなに必要なく、ほぼ外観が完成した。新しい板と古い板が混じって色合いがおかしいが、そんなのは気にしない。

全体を塗装して、カゴと木箱をセットした。見た目はワイルドだが丈夫に出来た。使わなくなったら、他の用途に変身させるか薪ストーブの燃料行となる。骨までしゃぶるSDGsなのだ。

 

日本ミツバチから家賃を頂く

ウクライナのインフラが毎日のように攻撃を受け、今現在50%程度の電力しか使えないそうである。これからの季節ウクライナは氷点下以下に寒くなる。本当につらいだろうと思う。そんな時にミツバチやダゴバチをのんきに追いかけている場合じゃ無い所だが、巣箱の管理、周辺の草取りやスズメバチ対策等、1年間の住居費用を頂くことにする。

蜂蜜摂取七つ道具をリヤカーに積んで年貢の取り立てに各家庭を巡回する。今年は4群残っており、その中の1群は4年目になる。

重箱の屋根を取り、上から1段か2段頂く。全部取るとキリギリスみたいに冬場の食料がなくなるので、蜜のたまり具合で決める。今年の蜜は採蜜が遅かったせいか糖度が79~82%といつもより高い。

垂れ蜜方式で2日間かけて蜜を巣から落とし、ハチミツこしフィルターにかけ最後に油濾し紙を通過し完成品となる。この作業が一番手間が掛かる。今年もお約束で採蜜中に右手親指の付け根を刺されてしまった。3日程痒みと闘わなければならない。

 

風にふかれて( Blowin' in the Wind)

2022年のハチミツのタイトルは「風にふかれて」とした。50年以上前にボブディランが歌ってヒットしアメリカの公民権運動や反戦集会などで良く歌われた。

歌の歌詞が、今のウクライナとロシアの戦争に重なるところもあり、早く戦いが終わる事を願ってこれにした。

少し前にNHKの番組で、桑田佳祐と桑子アナが「風に吹かれて」をハモっていた。NHKから怒られるかもしれないが、映像を張り付けておこう。受診料を支払っているからこれ位こらえてもらおう。

 

瓶詰めが終わったのでハチミツを待ちわびてるクマさんたちに届けなければならない。そして来年の3月までミツバチとの遊びはしばらくお休みとなる。

 

 

車のコンソールBOXを作る

秋の味覚

食道炎のお陰で食事の食べすぎに注意していたのだが、発症から2か月が過ぎ症状が8割程度回復した。薬が効いているのかわからないが、もだえ苦しむような胃酸の逆流も襲ってこなくなった。しばらくは注意が必要なのだが、喉元過ぎれば辛かったことはすぐに忘れてしまうタイプなので、今の時期、季節の美味しいものが次から次へ現れセーブするのに困ってしまう。

今年も我が家の周りの栗や柿は十分収穫できたのだが、ご近所からも栗、柿が届いた。ありがたく頂くとその後も他から栗を頂き、さらに2件ほど「要るかい」と連絡があった。さすがにお腹いっぱいで断った。

子供の頃、煮た栗と青いミカンを運動会の昼食時に食べた事を思い出す。今の子供はスマホやゲーム機で手がふさがっているから、ミカンや栗、落花生等の剝いて食べるものはめんどうで食べようとしない。そのうちどうやって食べるかも分らなくなるだろう。コタツでミカンは過去のものとなってしまった、

松茸ご飯

親戚からマツタケが届いた。毎年のように頂いているが、今年のマツタケはかなり巨大である。勿論松茸ご飯にして贅沢に頂いたが、以前我が家の山に松の木があり、ハツタケが採れていた。味噌汁や辛子漬にすると最高に美味しかったが、いつの間にか枯れてしまいその味も忘れてしまった。ここ数年は、秋の味覚もサルやイノシシが人より先に食べてしまっている。

生姜が大漁

春先に植えた生姜が思いの外立派に育った。

毎朝血圧を下げるためスプーン1杯の酢生姜を食べている。おかげで黒酢と蜂蜜、生姜は健康必需3点セットである。今年は春先に生姜の里である八代市東陽村まで種生姜を買いに行き畑に植え付けた。2回程除草しただけで、ほとんど手を加えてなかった。そろそろ成長した時期なので、掘り出してみたら沢山の生姜が付いていた。小さな種が短期間でほぼ10倍くらいになっており、すごく利回りがいい。天然のハチミツに無農薬の生姜の組み合わせで血圧がさらに安定しそうである。生姜は匂いがあるからイノシシも手を出さない。しばらく買わなくてすみそうだ。

秋の肥後チャボ展

今年も熊本動物園で実施された。我が家のみすぼらしいチャボは出品しなかったが、近くの愛好家の人が2位に入賞した。今の住宅事情では自宅でニワトリを養う環境が少なくなっているので、100名ほどの会員でも実際に飼っているのは半分くらいだろう。年々孵化率が悪くなっているので、肥後チャボの種を絶やさない様保存会も苦労しているが、意外と日本の鳥は外国でも人気で、先日の熊日新聞に記事が掲載された。

海外種のニワトリは大きい鳥が多く、たまに追いかけてくるものももいる。チャボは小さくておとなしいからペットには丁度いい。自分の友達で、コーチンの雌鶏を2匹飼い猫みたいにペットにしている者がいる。

まるで意思疎通ができるみたいになついている。そのうち「お手」や「お座り」ができるかもしれない。

そんな鶏をかわいがる彼が短期間入院していた。退院を見計らい体力回復までの遊び相手に「小国鳥」の雄鶏を1匹退院祝いとして届けた。この鳥はまだ若くジャニーズ系のビジュアルなのでコーチンと仲良くなればと同棲させたのだが、完全にフラれてしまった。手足や尾っぽが長すぎて気持ち悪くコーチンはストレスから、鳥肌と羽根が抜け出して「これ以上一緒に生活できないわー」と我が家にUターンしてきた。

とりあえず、一人じゃ寂しいだろうから、チャボの達磨種のメスと同居させた。隣に1戸建ての空き部屋があるので、掃除してから引っ越しの予定出ある。

車のコンソールBOXを作る

仕事で使っているホンダのN-BOXが使い勝ってがよく、仕事以外に普通の足となってしまってる。もう1台普通車はあるのだが、使う頻度は1割にも満たない。いまだに軽自動車NO1の売り上げは納得できるもので、乗り心地や走りは何の不満も無い。只、コンソールBOXが付いて無いので車内の使い勝手は今一つだ。

とりあえず、ごみ入れと小物入れを備えた簡易コンソールを臨時にこしらえ備えていた。

100均で買ったサイズの違う箱3個を適当に加工して使っていたが、ややグラグラするし、上からゴミは見えるし、どう見ても300円以下にしか見えない。何とかしばらく使っていたが、少ししっかりしたものを作る事にした。

座席シートをスライドしても邪魔にならない様、ダンボールで型を作り、加工しやすいベニア板で外枠を作った。中央の隙間をごみ入れとして使うようにし、スマホの充電や他の電源が使えるように2口のACC電源を備える事にした。手前のスペースも小物入れとしてサービスでお付けしました。

ほぼ外観が出来上がった。中央に穴をあけ、周りをカーボン素材ににせた100均のフィルムで張り合わせる。

最後に車体に押し込めば出来上がり。

ぐらつきも無いので、これで完成となる。スマホの充電や、にぎりめしを食べながら移動することも可能となった。これで見た目も980円位になった。

茹でガニになり横歩きする

スズメバチロシア軍を磔にする

日本蜜蜂のハチミツ収穫の時期が来た。今年は勢の良い巣箱が1群あって、昨年より家賃の増産が見込まれている。今の時期気温も高いので巣箱の入り口には沢山のミツバチが涼んでいる。しかし、勢のいい群の巣箱入り口に数匹しかいない。もしかして荷物をまとめ出て行ったのかと思ったのだが、様子を見ていると、オオスズメバチが巣箱の周りにいて、巣箱をガリガリとかじっている。ミツバチは恐れをなして中で潜んでいるのだ。このまましていると中に浸入し、働きバチを全てかみ殺し幼虫を持っていかれてしまう。このスズメバチロシア軍に対抗する為、バトミントンラケットで応戦していたが、効率よく捕獲する為ネズミ捕りを100均に買いに行った。

入り口に金網を貼り、巣箱の横にネズミ捕りのペタペタを置いた。おとりに1匹オオスズメバチを張り付ける。捕まったハチは助けて信号を出すので、仲間がミイラ取りになる。

1日で結構捕獲したのだが、ミツバチウクライナ軍も同等以上の犠牲が出てしまった。ミツバチの犠牲を避けるため、置き場所を巣箱から離して応戦しているが、3~4日位の間隔でやってくる。

新たに火炎バーナーを兵器として加え、反撃に応じている。侵略者には負けてはならぬ。ミツバチと蜂蜜は最後まで守り抜くのだ。

テレビを壁に掛ける

娘夫婦の新築がほぼ完成した。付帯工事や外構工事が残っているが、近いうちに引っ越しとなる。

自宅と併設して店舗があり、珈琲の焙煎所とちょっとしたカフェを出す予定だ。営業は今年の年末か来年になる見込みで、自分たちは裏の畑で野菜を作り無農薬野菜の販売で一儲けしようとたくらんでいる。

まだ設備の必要な場所が多く、焙煎機の煙突工事やエアコン、防犯カメラなど暇を見つけては自分が取付工事をやる事になっている。そんなわけで早速テレビの壁掛け工事がやってきた。

リビングの階段横にテレビの配線がきており、壁の補強もしてある。そんなに難しい工事ではない。

テレビ本体は東芝の65インチで、純正の取り付け部品は25000円と高く在庫も切れていた。純正品は取付も面倒で、スペーサーも別部品として要る事から、丈夫な背板の付いた汎用取付品とスペーサーは木材で作って取り付ける事にした。

スペーサーの板を黒く塗装してテレビから隠れるように引掛け金具を取り付ける。

テレビの重さが32Kgで、背板は100Kgの耐荷重があるので、昼寝していて頭に落ちる事は無い。後ろの配線が隠れるように壁に大きめのボルトネジで取り付け、あとはランドセルを掛けるように引掛けるだけである。

液晶パネルを傷つけないように注意しながら、比較的スムーズに作業は終了した。量販店の取り付け見積もり料5万円プラス部品代からすれば、部材代で5千円程で済んでしまった。

蟹を食いに行く

ここしばらくはコロナの関係で旅行らしきものは控ていた。県民割も復活し、娘夫婦が佐賀県に、蟹食いにつれて行ってくれた。割引の条件はあるものの、お一人様5千円の割引は大きい。

佐賀県は、あまり行く機会が無く高速でも無理する距離では無いのだが、孫をフェリーに乗せるため、玉名の長洲港から長崎の雲仙行きフェリーに乗り込んだ。

フェリーも空いていて、雲仙の普賢岳を目の前に有明海を進んでいく。途中イルカ(スナメリ)が何匹も現れ、さながらイルカウォッチングも楽しめた。あいにくの曇り空であったが、30年ほど前に噴火した普賢岳がさらに大きくなったように鎮座している。

今回唯一車で走ってみたいと思っていたのが諫早湾干拓の「雲仙多良シーライン」と呼ばれている堤防道路である。

長い間、災害防止と環境保全で裁判していたが、現在は堤防の門は閉められておりその上を通る堤防道路は諫早湾のショートカットとして車両が行きかっている。有明海のムツゴロウや海苔・アサリへの影響も今でもよくわからないようだ。

本日の宿泊先は「蟹御殿」と言うホテルで、いかにもそこらへんのカニが、蟹蟹蟹とぞろぞろ迎えてくれそうである。

丁度3時のチェックインに到着で、駐車場に車が少ないのでやや心配したが、旅ログで従業員の対応がとても良いと評価してあったように、施設も対応もとても良かった。

県民割を適用してもらうために、コロナの接種証明や身分証明など提示したところさらに地元で使える2千円のクーポンまで頂いてしまった。お土産代には丁度良かった。

茹でガニになる

本日のメインイは夕食の蟹であるが、ここ1ヶ月半程逆流性胃炎に悩まされている身分としては満腹の腹を横たえるわけにはいかない。しかし冷えた生ビールと茹で上がった蟹を前にするとそういうわけもいかなくなった。

タラバガニに比べれば足の細さが目立ってしまうが、それでも有明海で育った竹崎ガニはそれなりに美味しい。この宿自慢の佐賀牛溶岩プレート焼きや、追加の蟹もほぼ平らげ、胃炎の心配などどうでも良くなってしまった。満腹のお腹をさすりながら、皆で「カニー」と記念撮影し横歩きしながらお部屋に帰った。

30分も経過しただろうか?強力な胃酸の逆流が発生し、身動きもできずに45分間じっとムカムカと痛みに耐えていた。今まで食べ物の制限などしたこと無かったので、食事制限のつらさを改めて知ってしまった。それでものど元過ぎれば同じことを繰り返してしまうのだ。

 

もだえ苦しむ逆流性食道炎

スマホケースを作る

以前からベルトに付ける横型のスマホケースを探していた。最近のスマホは大型になり、ベルトに付けたらダサくなるので、販売している製品も少ない。しかし、スマホは身に着けてないと、時々行方不明になるので、腰タオルみたいで少々見苦しいが、ベルトに付けたほうが何かと便利がいい。そのうち大分のレザークラフトマンの「どーなんさん」にご教授願い、ケースを作る予定だったが、町の公民館口座で、レザークラフト教室が開催される事を知った。3回コースの材料込みで3500円とお安く、指導も受けられるので、自分が使っているスマホの大きさで作ってみた。

皮を切り出す寸法を型紙で作り、ノリを刷り込んだ革の裏側に銀ペンで型を写し取る。

革の色や厚さは先生が持ち込んだ素材で自由に選ぶことができる。それぞれ違った色にしたのだが、講師の先生がしきりに「あなたの革はいい色ですね」と皆の革を褒めちぎった。

カッターナイフでパーツを切り取り、専用の道具で縫い目を開けていく。

蝋が塗られた専用の糸に両方から針を付け、後はひたすら縫っていく。たびたび糸が針から外れるので、糸通しにイライラする。ハズキルーペが必要になるほどだ。

手縫いが終わり、革の淵にノリを付けタワシでこすって仕上げをする。初めての作品で、手作り感満載になったが、丈夫なスマホケースができた。革が余ったので、紙コップの革ケースをおまけで作った。

とりあえずクラフト教室はこれで終わったのだが、講師の方とも知り合いになれたので、今度何か作る時は材料の調達や、作成アドバイスももらえる事になった。

 

ビートルのドアを修理する

娘が乗っているビートルのドアロックが壊れた。リモコンでロック解除ができなくなり、アナログキーの差し込み口が分からなくて、しばらくロックしないで使っていたみたいだ。ネットで調べてキーの差し込み口はドア引手の横のカバーを外して使えるようにはなったが、やはり不便である。部品交換作業もそんなに大変ではなさそうなので、自分で交換することにした。部品は近くの自動車修理屋さんから手配してもらった。

交換部品は中古でもよかったのだが、ビートルのドアロック故障は定番のようで、すぐに壊れても困るので、純正を取ってもらった。只、部品だけで4万5千円と高く2~3歩後すざりした。日本車であれば1万円位で済むのだが、、、。

正確にはドアアクチュエーターと言う部品らしいが、中には基板とモーター類が入っていてこの中は分解できないようになっている。

裏カバーを外して部品を取り出そうとしたら、見たことが無いようなネジで固定してあり、特殊工具が必要になった。普通大きいプラスドライバーか六角レンチで外れるのだが、ネジ山は12角の星形になっておりホームセンターでも売って無かった。

どうせ1回しか使う事は無いと思うので、アマゾンで中国製の安い製品を注文した。欧州車には良く使うらしいが、千円そこそこの値段で買えたのはありがたい。

何とか組み換えを終え、動作確認をして修理は完了した。助手席側の部品も調子が良くないので、そのうち修理が必要になるだろう。

 

七十肩

四十肩と言うのは良く話に聞くが、うちの嫁も五十過ぎに五十肩?を患い、とにかく痛いようだった。自分は未だ七十手前であるが、どうも4カ月程前から腕を上げると肩が痛い。最近はコロナの注射をしたりするので、どっちからの痛みかよくわからないが、七十前肩を発症したみたいだ。自分の場合そんなに痛くないので、そのうち治ると思うのだが、これは四十肩と言えばいいのだろうか?まあどっちでもいいのだが、最近コロナワクチン接種も4回目が終わりそのたびに何らかの気分悪さに見舞われる。なかなか気分爽快な毎日が送れていない。

 

逆流性食道炎

ある朝早く何とも気持ちが悪く目が覚めた。いつも我が家のチャボが鳴いても起きぬのだが、胸の付近が重苦しくやや冷や汗とともに両腕がだるい感じだ。しばらく経っても治まらないので、心臓か?と思い脈の状態をみると脈が分からない。これはヤバいと嫁を起こし「あのー脈が無いんですけど」と言うと、それは大変と腕を取り、脈を測りだした「安心して下さい。いつもより脈の数は多いけどしっかり動いてますけど」と言った。

その後30分程で痛みは治まったが、1日に3~4回程とても辛い痛みがやってくる。そういえば2月の人間ドックの結果に、食道裂孔ヘルニアと書いてあった。つまり食道が伸びたパンツのゴムみたいに締まりが無く、胃液が逆流してしまうのだ。それまで自覚症状は無かったので気にして無かったが、それに違いない。

掛かりつけの医者に相談すると、ほいほいと薬を出してくれた。いつもゴシップネタが好きで、いろいろな事を聞きたがるのだが、最近コロナの患者が多いらしく、先生は休みたいと疲れ切っていた。

今の薬は良く効くので、2~3日もすれば治るだろうと思っていたが、1週間過ぎても、一向に症状は改善しない。そのうち家族がカメラの検査を受けなさいとうるさく言うようになり、仕方なく熊本市内のヤマサキ胃腸科クリニックでカメラを飲んだ。検診待ちの時、隣に居た五十代位の女性が「喉がヒリヒリしているけど、早く検査をして頂戴」と看護師さんに言っていた。「あなたは眠っていて検査は終了しておりますヒリヒリはカメラのせいです」と説明すると、「いやまだ受けてません」と申し立てておられたが、看護師の方が「もうすぐ結果説明です」と言った。

自分も眠っている間に検査が終了し、説明があった。「あなたは10年前検査に来ております。今回は食道の入り口にびらんがありますがあなたは軽いほうです」と言われた。この先生は聞かれた事にしか答えないので、どのくらいで治りそうか聞いてみると「半年から1年はかかる」と言われた。「えーそんなにですか?じゃー珈琲やビールはダメでしょう」と聞くと「あーよかですよ」とあまり深刻ではないような話しぶりだった。クリニックからは似たような薬をもらいその後服用するのだが、やはり痛みはやってきてニワトリよりも早く起きるため睡眠も不足し、食事も考えて食べなければならないようになった。

出来る事から始めよう

逆流性食道炎の事をネットで調べると、山のように出てくる。そして長く苦しんでいる人が多いのには驚いてしまう。

自分の場合生活習慣で、改善する余地が多々ありそうなので、これを機に実践することにした。まず、よく噛んで食事する。昔は早飯芸のうちと言ってよく噛まずに食べていたが、よく噛む位は簡単に出来る。さらに自分は若いときから猫背、猫舌であり、猫背も矯正すれば効果があるとの事なので、胸を張って食道を長くしながら歩くことにしよう。

その他整体や横隔膜のマッサージなど逆流性食道炎の改善方法が、沢山YouTubeにアップされている。2~3回やったら心なしか良くなった気がする。今の所日に何度か苦しみがやってくるが、短期改善に向け頑張る事にした。

本屋さんに行ったら、丁度ぴったりの本があった。これは渡りに船と思い読んでみた。中身はあまり大したこと無かったが、いろいろな事を意識するきっかけにはなった。

自分の体の中の事ではあるが、自律神経の立場で、長年落ちてくる食物を一生懸命分解しようとする胃酸製造部隊に感謝しながらも、胃酸分泌の出量制限と噴門付近の収縮力のアップを薬と整体のセルフケアで早期改善するのだ。

 

 

 

真夜中の戦い

至福のルーティン

猛暑と豪雨が入れ替わりやってきて農家にとっては大変な時期である。土手や畑の中など、雑草にとっては伸び放題の最高の季節である。今年から、農作業に関しては嫁の奴隷になりつつあるので、雑草の撲滅運動に毎日必死で頑張らなければならない。

ほおっておけば、野菜と雑草の区別がつかなくなり、後で何倍も手間が掛かってしまうので、毎日少しずつでも草と格闘しなければならない。

自分は孫の送迎担当を任じられているので、朝から保育園に送り届てそれからの草刈り作業となる。当然お日様も顔を出していて、すでに気温は高くなっている。水分を十分補給して、嫁と二人で1時間30分程度を目安に刈払い機で余計な雑草をなぎ倒す。畑の近くを通り過ぎる農家さんは、少し笑い気味である「毎年同じ光景をみるが、多分除草剤の使い方がわからないのだろう プッ」

1回分の刈払いが終わるとお互いの顔は、孫の好きなドラッグモリのリンゴの顔みたいに赤くなる。車の中でエアコンを効かせてしばし休憩する。嫁は居残りで野菜の収穫をしたりするが、最近体力が衰えた私は、すたこらサッサと逃げ帰る。

すぐさま部屋のクーラーを入れ、ひとシャワー浴び、我が家の珈琲でアイスコーヒーを作る。最近テレビのお供であるキャラメルポップコーンをつまみながら、あらかじめ録画していた大谷さん出場のエンゼルスの試合を観戦する。ちびりちびりと早送りしながら頭から冷気を浴び、スルメイカみたいになって至福の時間を過ごす。オオタニさんは、ほぼ毎日出場しているので、このルーティンがあれば朝の草刈りもなんくるないサー。

新聞ストッカー「たまるんです」をつくる

ロシアの戦争が至る所に影響を与えている。何年もかけて複雑に流通バランスをとってきたグローバル経済も、戦いを止めない悪い人間により、歯車が狂い至る所にモノ不足が生じている。7月には完成予定だった子供の新築も、そのせいなのかずるずると伸びている。

どれどれと、建築状況を見に行ったら思わぬお宝を発見した。木材を加工した残りや、板材が処分場行のコンテナに山の如くあるではないか。

どうせ捨てるものなので、ミツバチの巣箱を作ったり、他にも利用価値は有りそうなので、使えそうな板材を掘り出し軽トラ1台程持ち帰った。これで、何か思いついたらしばらくは泣かずに遊ぶことができる。

地区の行事で年に2回程廃品回収がある。定番の古新聞はその時に出すのだが、ほぼ毎日配達されるので、いつの間にか貯まってしまう。置き場さえ邪魔になる程だ。自分の貯金もいつの間にか貯まり、置き場がなくて邪魔になれば大変うれしいのだが、これについては貯まるどころか、いつの間にか目減りしている。

廃品回収で出す新聞は、レジ袋に入れたり、ビニールひもでくくったりするが、業者に出す前に取り除かなければならない。そこそこ面倒な作業である。そんなわけで、持ってきた廃材で新聞ストッカーを作り、これを新聞で作った紙紐でくくって出すようにすれば、回収スタッフは泣いて喜ぶに違いない。

材料はたいして必要ない。四隅の板材と、底板に紐を通すための厚めの板で空間を作る。

新聞よりやや大きめのサイズで寸法も適当に作った。強度的に弱そうなので、上部にアルミ材の補強を入れた。

それらしく塗装をして新聞ストッカー「Tamarundess」が完成した。

早速新聞を出荷状態に包装してみた。

ちょっと美しさに欠けるがこんなもんでこらえてもらおう。結ぶ新聞の帯に強度が不足気味ではあるが、今後の改良点とする。これで新聞がたまるのが楽しみになってきた。

真夜中の決闘

我が家は道路から少し離れているので、夜は静かなものである。婆さん(母)が、トイレに行くのでその時のドアの音がするくらいだ。夜中の2時ごろ、何やらドスンと低い音がしたからと家族のものが起きてきた。101歳になる母親の部屋付近だったので、あわてて見に行くとトイレの入り口に斜めに座り込んだ婆さんと、何故かしゃもじが転がっていた。婆さんは、自分で立ち上がれそうにないので嫁と二人がかりでベッドに運んだ。話を聞くとムカデが出たそうで、無視すればいいものを、とっさに近くにあった「しゃもじ」で応戦したらしい。今の時期この気持ち悪い百足達は何処からともなく進入して来る。特に湿気の多い時期には遠慮を知らない。ともあれ近くに弱った百足も発見したので息の根は止めたが、婆さんも痛手を負った。歳が歳なので、腰回りの圧迫骨折も考えられる。

あまり痛がる様子では無かったのだが、翌朝病院で検査をしたら、座骨に少しヒビが入ってるとの事だった。痛みが取れるまで、3週間から1ヶ月の入院となった。つい3か月前にしりもちをついて1ヶ月程入院したばかりだったので、相当注意はしていたのだが、まさか百足にやられるとは思わなかった。入院もコロナ予防で面会ができないので、認知症が入らない様家族写真や手紙を届けるくらいしか見舞いができない。退院しても今はコロナが猛威を振るっている。なんとも住みにくい世の中になってしまった。

安部さんが凶弾に倒れる

ショッキングなニュースが流れた。この日本でまさかこのような事があるなんて?と国民ならずとも警護のSPでさえも思っていただろう。ロシアのウクライナ侵攻以来、世界の国が混とんとしている中、唯一各国要人と話ができる日本人のように思っていたが、残念な事である。

葬儀での安部夫人の挨拶の中で「本人なりの春夏秋冬を過ごして、最後冬を迎えた。種をいっぱいまいているので、それが芽吹くことでしょう」とあった。今から出来る事や、夫婦でやれる好きな事がいっぱいあっただろうに、かわいそうな事だ。

雀の二世帯住宅を作る

どなたですどか?

コロナ感染者数が少しづつではあるが、下がってきたような気がする。しかし、海外からの入国やマスク着用条件につても緩和されつつあるので、このまま感染者が急に減る事はないだろう。

マスクも身近な人達の間では少しづつ外すようになった。長い間マスク顔になれたせいで、マスクした顔だけを見てきた人がマスクを外したら、初めてみる無防備の顔に何とも違和感がありそうだ。多分想像と違う期待外れの場面が多く出てくる。最初からあれこれ想像しておかない様気負付けねばならない。この辺の年寄りならば「アタだんな?」と聞いてくる事だろう。

古い話だが、昔「小椋佳」の「さらば青春」が入ったレコードを買った事がある。ジャケットにはジャニーズ系のさわやかな青年の写真が写っていた。声からして、そのような顔だろうとずっと思っていた。小椋佳は銀行員だったので、顔出しNGだったが銀行を止めてテレビに出たときはびっくりした。声に似合わずどこのおっさんだろうかと思った。

期待外れと言えば、以前総理であった民主党の鳩山さんである。沖縄の基地問題で当時の野党から迫られ「私には腹案がある」と言ってのけた。中々解決策が見つからない中、総理が言うのだから相当練った案だろうと思ったが、とうとう腹案とやらはいつまで待っても出てこなくて、周りを混乱させただけだった。期待外れを通り越して、詐欺に近い。

それらに比べて、オータニサンはすごい。以前の試合で9回2アウトで代打に出たことがある。球場は両チームの観客で割れんばかりの声援に、鳥肌が立った。結局その時は三振に終わったが、ヒットがでなくても一生懸命にプレーする姿に、球場の観客は満足した様子だった。

梅雨入り

毎年我が家の「沙羅の木」に花が咲きだすころ梅雨に入る。今年も花が咲きだしたら、梅雨入りで、雨が降り続いている。

遅くなったが、苗から作り育てた嫁のカライモ植えも、梅雨前に何とか終了した。

無農薬で作るので作業も大変だが、今年は6月に三歳になったばかりの孫が、遊びついでに手伝ってくれた。子供は泥んこ遊びが大好きである。

夏野菜が次々に穫れだした。今年1本だけアーティチョークの収穫ができそうである。最初アザミの化け物かと思ったが、イタリアの野菜らしい。さすがに直売所では売れそうにないので、何かしら料理して食べてみよう。

雀の住宅事情

昔は母屋にツバメが巣を作り、納屋に雀が巣を作っていた。いつの間にかツバメも寄り付かなくなり、雀も近くに姿は見かけるが、どこに巣があるかわからなかった。ある時、偶然に勝手口の横にある電力メーターの中にスーッと消えていった。

あれれと思い電力メーターのカバーを外してみたら、何層にも重なった羽根布団が出てきた。

カバーの隙間から出入りし、隠れ家をこしらえていたのだ。今の電力計はそれほど熱は持たないのだが、危険な状態である。巣を取り除き、このままカバーを外したままにしておく手もあるが、折角付いているカバーの仕事がなくなるので、雀の進入防止作成し、カバーは付けることにした。当然雀の寝床も作ってあげなければならない。

カバーに柔らかくフィットし、電力計の熱を逃がす隙間を作るため、薄手のプラスチックシートで作ろうと思ったのだが、丁度昨日区の手伝いでもらって食べた弁当のカラがゴミ箱にあった。少し豪華な弁当だったのでやや丈夫である。弁当の蓋が材料としていい塩梅だ。渡りに船とはこのことだ。耐久性に不安はあるものの、カバーの内側に付けて雀の進入防止は完成した。

二世帯住宅

電力メーターから追い出した雀のお宿も早く作らねば、梅雨の豪雨時に雀は大変な思いをする。新築とまではいかないが、その辺にある板の端材を見つけて適当に切り出す。

まだしばらくは、卵を温めたりしないが、後々子供でも出来れば部屋が狭くなるのでこの際2部屋作る事にした。

入り口を半円にし、餌を与えやすいように止まり木をオプションで付けた。全体を塗装し、雨のかからないベランダの屋根裏に取り付けた。古い羽根布団も中に敷いて、部屋は二つに仕切った。家賃ゼロ、見晴らし最高。後で捕まえて食ったりしないので安心して入居できる。さあ早い者勝ちだ。

チャボの恩返し

防風ネットを張る

毎年植えているズッキーニが収穫直近となった。ズッキーニは比較的栽培しやすく成長も早い。ただ、風に弱く強風でも吹いた上がりには根元から折れてしまい、西部劇の風に転がるサボテンのように何処かへ飛んで行く。

今年は黄色と緑を植えており、風で根元から飛んでいく前に防風対策をすることにした。

1m程の高さでネットを張っていく。支柱を打ち込みハウス資材でパッカンパッカンと止めていく。

我が家ではオリーブ炒めや、漬物にしてよく食べるが、それ自体に味がそれほどなく、隣近所におすそ分けしても、喜ばれたりそうでなかったりする。直売所に自家焙煎珈琲を出荷しているので、生りだしたら直売所行になる。あまり売れないけど。

甥の結婚里帰り

東京に住む甥が結婚し、里帰りを兼ね奥さんを連れて訪ねてきた。甥とは自分がまだ勤めていた頃、出張で東京に行った際会ったきり20年ぶりである。

背が高くてかわいい奥さんとは違って、久しぶりに会う甥は、顔と体に栄養がいきわたり、七福神の恵比須天が来たかと思った。逆にガリガリなら心配してしまうが、それなりに食べて幸せに暮らしているのだろう。

暗くなりかけて、家の周りの緑がきれいからと散歩に行った。自分たちは家の周りの緑と言えば、雑草しか気にならないが、都会に住む人たちにとって、この風景でも癒しになるのだろうか?

花博とチャボ展

毎年今の時期は、熊本動植物園で肥後チャボの展示と品評会が開催されている。今年、動植物園は熊本開催の、花の博覧会々場の一つの場所でもある。

入り口には「トニートニーチョッパー」像があり、ヒトヒトの実を食べた人間トナカイが出迎えてくれる。熊本地震後に設置されたもので、被害が大きかった地区にワンピースの仲間の銅像がある。

ちなみに我が町には、「ロロノア・ゾロ」が町の中心部の公園に居る。

中々格好良くできており、オオタニさーんよりすごい三刀流の使い手である。その隣におまけみたいに。我が町のキャラクターも負けていない。

迫力には欠けるが、ワンピースのファンがついでに写真に収めていく。

 

開催中の熊本花博は、広大な敷地の植物園側で、終了間近な事もあり沢山の人が訪れていた。

ボランティアスタッフの方が大勢で植え替え作業や草取りを行っていた。大きなイベントは主催者側も大変である。

チャボの恩返し

春先に、鳥インフルの予防接種がある。その時にチャボの品評会に出してくれと依頼があった。自分は鳥の良しあしも良く解からず、出品したことは一度も無かったが、頭と足が付いていれば参加賞位もらえるからと言われ、それならばと「黒の達磨種」を出すことにしていた。その後品評会の案内も無く、蜂の分蜂も始まったので、チャボの事は忘れていた。

出品者の人達は、品評会前になると馬刺しを食べさせたり、オロナインをトサカに塗ったりしてお手入れが大変らしい。自分の場合は、開催当日「すぐにチャボを持ってきて下さい」と連絡があり、あわてて持って行ったような事で、チャボの顔も洗っておらず、食事前にコンテナに入れたため、非常に不機嫌であった。只、そこは鳥の神経である。会場に着くなり専用のケージに入れ餌を与えると今までの事はすっかり忘れて恥ずかしい位に食べだした。出来れば、頬紅の一つでも塗ってあげたかったが、時間に追われ、寝起きのスッピンで出てしまった。

会場には絶滅寸前の「久連子鳥」も展示されていた。

熊本県泉村の久連子踊りの笠飾りに羽を使われていたことから、この村で古くから飼育されていたものだ。現在地元では1名しか飼育している人がおらず、絶滅に瀕しており、動物園や肥後チャボ会員が繁殖に協力している。

品評会のほうは、出品鳥の身長、体重、トサカの長さ、全体のバランス等計測され、翌日に結果発表があった。61の出展があったので何も期待していなかったが、静岡県の保存会賞が与えられていた。なぜ静岡かわからないが、一応全国大会なので、他に2県からも賞が与えてあった。

最後に表彰式があり、入賞者は賞状と何かしら商品があった。農林大臣賞は森のくまさんのお米だった。自分は静岡県からの賞なので、ウナギ煎餅でも頂けるのかと思ったら、キリンの一番搾りだった。満足な身支度もしてやれなかったが、チャボから思わぬ恩返しが届いた。